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アメリカのティーン雑誌に載っていたラヴィン・スプーンフルの記事とスナップ写真。おどけたポーズのスプーンフルの後ろの壁に「TIM HARDIN
IS A COOL BOY」という落書き(この写真は、『DO YOU BELIEVE IN MAGIC?』の裏ジャケにも載っている)。ティム・ハーディンの名前を知ったのは、この時。私は高校生だった。当時、親友のKとふたりで、ティム・ハーディンって、一体誰なんだろう?と話したものだ。それから暫くして、Kのアパートに行くと、なんとティム・ハーディンのアルバムがあるではないか。輸入盤がまだ珍しかったあの頃、グラモフォン(後のポリドール)レコードがVERVEやMGMの直輸入盤を数種類販売していて、その中に『TIM
HARDIN 1』が含まれていたのだ。ジャケ裏のクレジットには、ハーモニカ:ジョン・セバスチャンの名前があり、プロデューサーにもスプーンフルと同じエリック・ジェイコブセンの名があった。大好きだったラヴィン・スプーンフルとティム・ハーディンとの間にあるなにやら深い繋がりを知り、落書きの謎も解け、すっきり。当時、アメリカの雑誌で読んだジョン・セバスチャンの「お気に入りのアーティスト」なる記事で知り、その後、必死でレコードを捜し、巡り会ったのが、ミシシッピ・ジョン・ハートやフレッド・ニール、ジム・クエスキン、メンフィス・ジャグ・バンドたち。30年ほど前、初めて、ジョン・セバスチャンの家を訪ねた際、彼の膨大なコレクションが並ぶレコード棚を見せてもらったが、私のそれとほとんど同じ、しかも並べ方までそっくりで驚いたことがあった。それもそのはず。彼やスプーンフルが私の音楽探険人生の案内役だったのだから。この時のことは、昨年の本コラム(#7)でも書いた。
スプーンフルを通じて出会ったティム・ハーディンやフレッド・ニールの音楽には、とりわけ思い入れがある。私にとっての60年代初期グリニッジ・ヴィレッジのイメージは彼らとボブ・ディラン。
ティム・ハーディンは、そのオリジナリティ溢れるスタイルで一時代を築いた不世出のシンガー・ソングライターだ。フォーク、ブルース、R&B、ゴスペル、さらにジャズに影響された独特の作風、唱法、サウンドは同時代の多くのアーティストに影響を与え、その作品は時を超え、国境を超え、今なお、歌い継がれている。アコースティック・ギターだけでなく、エレクトリック・ギターを抱えて、演奏するフォーク・ブルースは、ディランのほか、フォーク・ロックにも影響を与え、それまで誰もやっていなかったジャズ・ミュージシャンを起用したレコーディングも画期的だった。
今から8年前、スプーンフルのドラマー、ジョー・バトラーの案内で、グリニッジ・ヴィレッジを歩き回った時、ティム・ハーディンの落書きのことを尋ねると、彼も憶えていて、その場所へ連れていってくれた。そこは、60年代半ば、ヴィレッジの名門クラブ、カフェ・ワ?があったミネッタ小路だった。当然、落書きが残っているわけもないのだが、その場所に立った時は様々な想いが巡り、胸が熱くなったものだ。
先月、同郷の友人で、音楽仲間だったTが天国に召された。旅立つ十日前、みんなでバーベキューをした際、私が持参したティム・ハーディンのヴィデオを食い入るように観ていたT。今年2月に集まった時は、Kのギターをバックにリッチー・ヘイヴンスの「フリーダム」を熱唱したT。通夜で、Tのアパートに行った。枕元のCDプレイヤーにセットされていたのは、『スーザン・ムーアとダミオンのための組曲』と『電線の鳥』との2in1CDだった。偶然だが、私もこの夏は、紙ジャケ再発される『スーザン・ムーアとダミオンのための組曲』(10月19日リリース)のライナーを書くためにハーディンのレコードを片っ端から聴き返していた。Tが倒れた日の前日にそのライナー原稿を書き上げたばかりだった。
今頃、Tは、天国でティム・ハーディンのライヴを観ているだろうか。きっと、そうに違いない。
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■TIM HARDIN/TIM HARDIN 1 (POLYDOR POCP-2256)
1966年7月にリリースされた ヴァーヴ・レコードからのデビュー・アルバム。エリック・ジェイコブセン のプロデュースの下、ジョン・セバスチャン、アール・パーマー、ゲイリー・バートンらが参加。「ドント・メイク・プロミシズ」、「ネヴァー・ハプン・アゲイン」、「リーズン・トゥ・ビリーヴ」、「ミスティ・ロージィズ」、「ハング・オン・トゥ・ア・ドリーム」など、その後、スタンダード化する名曲が並ぶ傑作。
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■TIM HARDIN/TIM HARDIN 2 (POLYDOR POCP-2257)
1967年4月のセカンド・アルバム。ボビー・ダーリンがヒットさせた「イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター」、「レディ・ケイム・フロム・ボルティモア」収録。
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■TIM HARDIN /LIVE IN CONCERT (POLYDOR POCP-2258)
1968年にリリースされたサード・アルバム。ニューヨークのタウン・ホールで行なったコンサートを収録したライヴ・アルバムで、エディ・ゴメス、マイク・マイニエリ、ウォーレン・バンハートほか、ニューヨーク気鋭のジャズ・ミュージシャンが参加。演奏、歌共に素晴らしく、ハーディンの生々しい歌声を見事に捕らえたライヴ・アルバムの傑作。
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■TIM HARDIN/HANG ON TO A DREAM:THE VERVE RECORDINGS
(POLYDOR 314 521 583-2)輸入盤
VERVE時代のスタジオ・アルバム3枚分全曲に17曲の未発表録音、デモ曲を加えた2枚組コレクション。
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■TIM HARDIN
/SUITE FOR SUSAN MOORE & DAMION (ソニー SICP-1587) 紙ジャケ限定盤
1969年リリースされたCBS移籍第一弾アルバム。邦題『スーザン・ムーアとダミオンのための組曲』。ニューヨーク州ウッドストックのハーディン邸に録音機材を持ち込み、レコーディングされたもので、ほとんどライヴ録音。愛する妻スーザンと愛の結晶ダミオンに捧げた組曲風ラヴ・ソング集。メローで心地よい「Last
Sweet Moments」は、アルゾ・ファンにもお勧め。
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■TIM HARDIN/BIRD ON A WIRE (ソニーMHCP-595) 紙ジャケ限定盤
1971年にリリースされたCBSからのセカンド・アルバム。邦題『電線の鳥』。演奏は、ジョー・ザヴィヌル、ミロスラフ・ヴィトスら当時、結成されたばかりのウェザー・リポートや同郷のグループ、オレゴンのメンバーたち。ジャズとフォークの美しい合体が話題を呼んだ名盤。
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■BOBBY DARIN
/IF I WERE A CARPENTER+ INSIDE OUT (DIABOLO DIAB-864) 輸入盤
ハーディン作の「イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター」をヒットさせ、それまでのポスト・フランク・シナトラ路線からシンガー・ソングライター路線へのイメージ・チェンジを計った2枚のアルバム(1966年/1967年)の2in1。「レディ・ケイム・フロム・ボルティモア」、「レッド・バルーン」、「リーズン・トゥ・ビリーヴ」などのハーディン作品、ジョン・セバスチャンの「デイドリーム」、「ダーリング・ビー・ホーム・スーン」ほか収録。プロデューサーは、ハーディンやラヴィン・スプーンフルの出版プロデューサーだったチャールズ・コッペルマンとドン・ルービンのふたり。
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■RICK NELSON
/ANOTHER SIDE OF RICK + PERSPECTIVE (ACE CDCHD-690)輸入盤
ボビー・ダーリンやデイオンと同じく、50年代からロックンロール/ポップ・スターとして活躍してきたリック・ネルソンが、人気に翳りが出てきた60年代後半、ボビー・ダーリンを見事に復活させたチャールズ・コッペルマン&ドン・ルービンと組み、2枚の異色作(1967年/1968年)を制作。プロデューサーは、若き日のジョン・ボイラン(後にヒット・プロデューサーとなる)。前者には、ティム・ハーディンの「リーズン・トゥ・ドリーム」、「ベイビー・クローズ・イッツ・アイズ」、「ドント・メイク・プロミシズ」、ジョン・セバスチャン作、スプーンフルのヒット曲「デイドリーム」など、後者には、ニルソンの「ウィズアウト・ハー」、ランディ・ニューマンの「ソー・ロング・ダッド」、「ラヴ・ストーリー」、「アイ・シンク・イッツ・ゴナ・レイン・トゥデイ」ほか収録。
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