mints magazeine 長門芳郎のマジカルコネクション  

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#018 2007_3月号
(1)アルゾ
/アルゾ
BMG JAPAN BVCM-37618
<限定紙ジャケット>
(2)アルゾ
/テイキン・ソー・ロング
BMG JAPAN BVCM-37485
(3)ALZO & UDINE
/カモン・アンド・ジョイン・アス
UNIVERSAL UICY-9578
<限定紙ジャケット>
(4)VARIOUS:THE BEST DOO-WOPS OF VOL.2
DIAMOND
<輸入盤>
*BEACHCOMBERSのシングル「Surfin' The Summer Away c/w This is My Love」の両面を収録
(5VARIOUS:HARD TO FIND 45s ON CD,VOL.7 :MORE 60's CLASSICS
ERIC
<輸入盤>
*アルゾのいとこFRANK GARIの「Utopia」収録


 アルゾの急逝から、3年の月日が経ってしまった。今でもふと夜中に彼からの電話がかかってきそうな気がすることがある。携帯に登録した番号もここ数年の間に亡くなったほかの友人のものと同様、削除することができずにいる。PCのメールボックスには、81通のメールが残っていた。私も同じだけのメールを送っているはず。最後に届いたメールは、急死する3日前のもの。
「きょうは吹雪なので、トラックノート(曲目解説)を書くには、うってつけの日だ。マリア(友人でマネージャー)と僕はニュー・アルバムを作ることを話し合ってる。君がプロデューサーになってくれるかい?そうするには、どうするのが最良の方法だと思う?」
 彼と初めて、電話で会話を交わしたのは、2002年の11月25日だった。以来、メールと電話のやりとりを続け、『ALZO』(1)のCD化や未発表セカンド『TAKIN' SO LONG』(2)のリリースの可能性について、語り合った。居ても立ってもいられず、渡米を決意したのは、最初の電話から1週間も経たない内だった。翌年2月には、彼が住むロング・アイランドのポート・ジェファーソンへ会いに行くことになった。JFK空港で待ち合わせすることになり、彼から顔写真を送ってくれというので、メールで画像を送った。渡米の前日、それまでのロングヘアーをばっさり切ることにした。長髪ポニーテイルの髭オヤジだと、アメリカによるイラク侵攻がまさに始まろうとしていた時期であり、空港での入国チェックが厳しいだろうと予想してのこと。床屋で、アル・パチーノ風にしてくれと頼み、まあそれはそれなりに...。「ヘアカットして、アル・パチーノみたいになった」と出発直前にメールを送ると、すかさず、「じゃふたり共、瓜二つだね」と返事が来た。JFKに降り立ち、到着ゲートを出て、きょろきょろ周りを見渡すと、イタリア系とすぐにわかる小柄な中年男性が近づいてきた。顔を見合わせ、「アル?」(私)、「パチーノ?」(アルゾ)と合言葉のように声を掛け合い、お互い笑って頷き、しばらくの間、無言で抱き合った。ポート・ジェファーソンへは、彼が用意してくれたリムジンで向かった。長旅で疲れてるだろうからという彼のやさしい気遣いがうれしかった。車中、我が積年の想いを伝え、こうして会えたことが奇跡のようだと言うと、彼も何年も行方知れずだった弟に再会したような気持ちがすると言ってくれた。電話でも話したビーチカマーズのシングル「Surfin' The Summer Away c/w This is My Love」(60年代半ばにリリース)(4)の話になると、アメリカでもほとんど誰も知らないことをどうして知ってるんだと不思議がる。そこで、山下達郎という日本のトップ・アーティストが彼のFM番組でかけたりしたこともあって、アルゾが書いたB面のドゥーワップ・バラードも人気があると言うと、さらにびっくり。山下達郎ら一部のアーティストたちの間では、アルゾのレコードが30年以上前から聴き継がれていて(特に(1)や(3))、日本のポップスにも少なからず影響を与えたのだと伝えると、大きく顔をほころばせた。「Surfin' The Summer Away c/w This is My Love」は、いとこのフランク・ギャリが歌っていて、彼もA面のバックグラウンド・ヴォーカルに参加しているという。そこで、「Utopia~♪」(1961年の全米トップ30ヒット「Utopia」)(5)と私が口ずさむと、「まいったな。一体、どうしてそれを知ってるんだい?僕のいとこは日本で人気あったのか?」と 目を丸くした。いやいや、これも一部のオールディーズ・ファンの間で秘かに人気があるんだと答えると、「アメリカじゃ僕ら親戚連中しか知らないのに。ハハハ」とうれしそうに笑った。ラッシュアワーに重なったため、2時間以上かかった道中、お互いに積もり積もった話に花が咲き、ポート・ジェファーソンに到着するのにそれほど時間がかかったという気はしなかった。
 ポート・ジェファーソン滞在中の出来事は、CDのライナーに書かせてもらったので、興味ある方は読んでみてください。


【長門芳郎プロフィール】

70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQほか多数の初来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は700タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。





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