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#014 2006_11月号













(1)リッキー・マーティン
/ビーチト
ソニーミュージックダイレクト
<紙ジャケ限定盤>
10/18発売
(2)カール・ウィルソン
/ヤングブラッド
ソニー
<廃盤>
(3)DINO,DESI & BILLY
/THE REBEL KIND:BEST OF
SUNDAZED RECORDS
(4)RICCI,DESI & BILLY
/LIVE IN VEGAS!
RD&B RECORDS
(5)RICCI,DESI & BILLY
/LIVE FROM BOULDER CITY
RD&B RECORDS
(6)BILLY HINSCHE
/MIXED MESSAGES
RD&B RECORDS


 今年春の『ミレニウム』、『サジタリアス』、『ゴールドブライアーズ』ほか14タイトルのソフトロック系紙ジャケ再発に続き、9月、10月のラインアップ15タイトル(ソニー・ミュージックダイレクト)の監修をやらせてもらった。今回も一応、ソフトロック系という括りでの選盤依頼だったが、一番の目玉であるゴールドブライアーズの未発表作『Climbing Stars』は兎も角、ポール・ウィリアムズ、パメラ・ポランド、ジェントル・ソウルなど、ソフトロックと呼ぶには違和感があるものも含まれている。各々のCDの帯やライナーにも特にソフトロックという表記はないので、問題はないのかな。ずっと、CD化のチャンスを狙っていたポール・ウィリアムズの『A Little On The Windy Side』やリッキー・マーティンの『Beached』(1)、ロバート・ジョンの『If You Don't Want My Love』が出せたのは、やはりうれしい。
 さて、リッキー・マーティン(Ricci Martin)といっても同じカタカナ表記の元メヌードのメキメキ男(Ricky Martin)とは全くの別人。リッキーは、「想い出はかくの如く」、「誰かが誰かを愛してる」の2曲の全米NO.1ヒットで知られる歌手&ハリウッド・スター、故ディーン・マーティンの次男坊。兄は、60年代に人気のあったディノ・デジ&ビリー(3)のディノ・マーティン・ジュニア(彼も故人)。そのリッキーが1977年にリリースした唯一のソロ・アルバムが『Beached』だ。 プロデュースを担当したのは、ビーチ・ボーイズのカール・ウィルソンとビリー・ヒンチーのふたり。カール・ウィルソンは、今さら説明不要だろう。ビリー・ヒンチーは、前述のディノ・デジ&ビリーの元メンバーで、ビーチ・ボーイズ・ファミリーの重要人物のひとりとして知られている。ビーチ・ボーイズ1965年のアルバム『パーティ』でハーモニカを吹いているのは、ビリーだし、1969年、ブルース・ジョンストンの後任として、ビーチ・ボーイズ加入を打診されたこともある。その時は、学業優先という理由で辞退したが、1973年には、キーボード奏者として、ビーチ・ボーイズのツアー・メンバーとなり、以来、ビーチ・ボーイズ・ファミリーには欠かせない存在。ビリーの姉アニーとカール・ウィルソンが結婚したことから、義理の兄弟関係だった時期もある。
 『Beached』の録音時、義理の兄弟同士だったカールとビリー。しかし、その後、カールは、リッキーの妹ジナと再婚。つまり、カールとリッキーも義理の兄弟になる。そんな複雑で親密な人間関係?を背景に制作されのが、このアルバムだ。参加ミュージシャンの顔ぶれがすごい!デニス・ウィルソン、ヴァン・ダイク・パークス、リッキー・ファター、ボビー・フィゲロア、エド・カーターらビーチ・ボーイズのレコーディングやツアーでお馴染みのビーチ・ボーイズ・ファミリー。さらにシカゴのピーター・セテラ、ジェイムズ・パンコウ、ウォルター・パラザイダー、リー・ロクネーン、アメリカのジェリー・ベックリー、ウィングス脱退直前のジム・マカロックなど。リッキーは、リード・ヴォーカル、コーラス以外にピアノ、ドラムを演奏。カールは、コーラス、ギター、メロトロン、ビリー・ヒンチーは、コーラス、ギター、シンセサイザーと3人各々にマルチ・プレイヤーぶりを発揮している。甘酸っぱさを湛えたリッキーの歌声、大半の曲で聴かれるビーチ・ボーイなコーラス。当時、売れなかったのが不思議なほど、ポップなアルバムだ。

 今から8年前の2月のある夜、ビリー・ヒンチーに誘われ、ロスアンジェルスのドラゴンフライというクラブにSMOKEという新人バンドのお披露目ライヴを観に行ったことがある。トリオ編成のそのバンドは、故デニス・ウィルソンの息子カール・B・ウィルソンとカール・ウィルソンの息子ジャスティンが結成したもので、ニルヴァーナやグリーンデイあたりを連想させるグランジぽい演奏に圧倒されたのを憶えている。その場で紹介されたのが、ビリーの姉で、ジャスティンの母親アニー。アニーとカールは離婚してしまったが、ジャスティンは、ビリーにとって、甥っこにあたるわけだ。その後、スモークは、イン・ブルームと改名している。
 カール、デニスの息子たちのライヴを観た翌日、朝のTVニュースで、カール急逝の報を知り、愕然とした。愛息のデビュー・ライヴにカールの姿がなく、不思議に思っていたのだが、死の床にいたとは....
 カールは、ソロ・アルバムを2枚、リリースしているが、セカンド・ソロ『Youngblood』(1983年)(2)では、ビリー・ヒンチー作詞作曲の美しいバラード「ワン・モア・ナイト・アローン」やジョン・ホール・バンドの「ホワット・ユー・ドゥー・トゥ・ミー」が聴ける。
 ビリーは、近年、『Bay Of Plenty』(2002年)、『Mixed Message』(2005年)(6)なる2枚のソロ・アルバムをリリースしている。後者は、カール・ウィルソン、アル・ジャーディン、マイク・ラヴ、ブルース・ジョンストン、リッキー・マーティン、デジ・アーネツ・ジュニア、トニー・マーティン・ジュニア、ジェフリー・フォスケットほかも参加したアンソロジー2枚組。
 ビリーとリッキーは、デジ・アーネツ・ジュニアと共にリッキー・デジ&ビリーとしても活動しており、2枚のライヴ・アルバム『Live In Vegas』(2001年)(4)、『Live From Boulder City』(2002年)(5)をリリースしている。両アルバムでは、ディノ・デジ&ビリーのヒット曲のほか、『Beached』に入っていた「ストップ・ルック・アラウンド」のライヴ・ヴァージョンやディノ・デジ&ビリー時代のレパートリーで、ビリーとブライアン・ウィルソンが共作した「Lady Love」も聴ける。演奏には、ジェフリー・フォスケット、ボビー・フィゲロア、ウェイン・トゥイードら、ビーチ・ボーイズ・ファミリーが参加している。


【長門芳郎プロフィール】

70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQほか多数の初来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は700タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。





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