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#009 2006_6月号













(1) PAUL WILLIAMS
/SOMEDAY MAN
ワーナーミュージック WPCR-1958
<廃盤>
(2)PAUL WIILIAMS
/A&M GREATEST HITS
ユニバーサル POCM-1536
(3)PAUL WILLIAMS
/WE'VE ONLY JUST BEGUN
ユニバーサル UICY-1070
(4)PAUL WILLIAMS
/JUST AN OLD FASHIONED LOVE SONG
ユニバーサル UICY-9185
<紙ジャケ限定盤>
(5)PAUL WIILIAMS
/I'M GOING BACK THERE SOMEDAY (DVD)
AIX AIX-84031
<輸入盤>


 1973年、郵便貯金ホール(現メルパルクホール)で観たポール・ウィリアムスの初来日公演。「オールド・ファッション・ラヴ・ソング」、「アウト・イン・ザ・カントリー」、「雨の日と月曜日は」ほか名曲のオンパレードに胸ときめいたが、一番印象に残ったのは、お父さんが好きだったという「ザット・ラッキー・オールド・サン」を歌った時、観客の温かい拍手に感極まり、涙した場面。あの時のポール・ウィリアムスの小さな姿が忘れられない。どういう経緯だったか忘れたが、当時、私の仕事場だった四谷のロック喫茶にポールが来て、シークレット・ライヴをやるかもしれないという話が持ち上がったことがあった。地下の店にピアノ運び込むの困難だし、無理だろうと思ったが、やはりその話はお流れになってしまった。
 あれから33年が経過したが、この間、何度かポール本人と会う機会があった。最初は、今から10年前のロスアンジェルス。再発したA&M時代の彼のCDを直接本人に手渡したくて、連絡を取り、ノース・ハリウッドのレストランで会ったのだ。私の積年の想いと共にファースト『サムデイマン』(1)の世界初CD化を予定していること、翌年初頭にリリース予定の新作『バック・トゥ・ラヴ・アゲイン』に合わせ、A&M時代の新編ベストを出したいという希望なども伝えることができた。A&Mベスト『A&M グレイテスト・ヒッツ』(2)の選曲に関しては、その後、電話とファックスのやりとりをし、ふたりで行ない、ポールは、素晴らしいライナーも書いてくれた。
 その年の暮れ、ポールは翌年リリースの『バック・トゥ・ラヴ・アゲイン』の事前プロモーションのため、来日、取材、試聴会〜懇親パーティを行なった。数カ月ぶりに会った彼に新作で彼自身が歌う「レインボー・コネクション」が聴けて、うれしいと伝えると、娘や息子に「パパ歌って!」とよくせがまれていたから、やっとレコーディングできてよかったよとニコニコ顔で答えてくれた。
 2001年、かねてからCD化の可能性を探っていたポール・ウィリアムスの『We've Only Jsut Begun:Songs Composed by Roger Nichols and Paul Williams』(3)リリースの許諾が下りた。これは、ポールとソングライト・パートナーだったロジャー・ニコルスが専属作家契約を結んでいたアルモ/アーヴィング・ミュージックが楽曲売り込みのために制作し、プロデューサーやレコード会社など、業界関係者に配ったパブリッシング・アンソロジーズと呼ばれるデモンストレーション・アルバム。通常のものと大きく違うのは、ポール・ウィリアムス本人が歌ったデモ・セッションを音源にしている点。当然、市販目的で制作されたものではないため、楽器編成、演奏、アレンジもとてもシンプル。ただ、中には、後に本人が正式レコーディングしたものより、ここでのデモ・ヴァージョンの方がいいのではと思うものもあったりする。目玉は、ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ、ハーパース・ビザールなどで人気の高い「ドリフター」。この曲、ポール本人の正規録音は存在せず、ここでしか聴くことができない。このようなデモ作品のリリースに本人サイドがOKを出すことはほとんどないのだが、私たちの熱意が通じたのか、許諾をもらえただけでなく、ポールとロジャーは快くライナーノートも書いてくれた。
 翌2002年11月、ポール・ウィリアムスの大阪ブルーノート公演が急遽決定。残念ながら、東京公演の予定はないという。これはもう大阪へ飛ぶしかない。宿泊先のホテルを訪ねると、6年ぶりの再会となる私をよく来てくれたと、力いっぱいハグしてくれた。 紙ジャケ化したばかりの『オールド・ファッション・ラヴ・ソング』(4)、『ファントム・オブ・パラダイス』、『ダウンタウン物語』を渡すと、オリジナルLPと同じように表部分がくり抜かれた『オールド〜』のジャケットに感心しきり。ライヴは、クリス・キャズウェル(ピアノ、キーボード、ヴォーカル)とジョン・サンダース(キーボード、サックス)のサポートだけのシンプルなもの。しかし、それだけにポールの歌声が際立ち、その美しいメロディと共に胸に飛び込んでくる。この時のライヴ音源が2003年、『Love Wants To Dance:Live In Japan』のタイトルでひっそりとリリースされている。
 翌日、ポールが繁華街に行ってみたいというので、一緒に心斎橋界隈へ。タコ焼きをくわえ、ぶらぶら歩く彼のことを「愛のプレリュード」を書いた世界一ロマンティックなソングライターだと思うひとは誰一人いなかったはず。
 さて、最近入手したDVD『I'm Going Back There Someday』(5)を紹介しておこう。昨年、アメリカで発売されたもので、DVDとCD/DVDオーディオの2枚組。2枚共、両面ディスク仕様で、1枚目のDVDは、片面に来日メンバーのふたりのほか、ジョン・マキューエン(ニッティ・グリティ・ダート・バンド)、ミッキー・ラファエル、ローレンス・ジュバーらとのレコーディング・セッションを収めた映像。冒頭のウィリー・ネルソンとの「レインボー・コネクション」のデュエットが素晴らしい。もう片面には、コンサートやインタヴューが収められており、ゲストのメリサ・マンチェスターとのデュエットやかつてのA&Mレコードのオフィスを訪ねる場面など興味深い内容。コンサートでのユーモアたっぷりのトークも実におもしろい。2枚目のディスクの片面は、全12曲、2003年新録のアルバム。その裏面は、DVDオーディオになっている。アルバムは、新たなアレンジが施された「レインボー・コネクション」、「愛のプレリュード」、「アウト・イン・ザ・カントリー」、「雨の日と月曜日は」、「ラヴ・ダンス」(イヴァン・リンス曲)などお馴染みの曲のほか、メリサ・マンチェスターとの共作「クライジー・ラヴィン・ユー」、「ホエン・ユー・セッド・ハロー」、さらにマペットのグレート・ゴンゾとのデュエットによる「アイム・ゴーイング・バック・ゼア・サムデイ」が収録されている。つまり丸ごとニュー・レコーディングによるアルバムとその制作過程の映像及び、ライヴ、インタヴューを楽しむことができる、ファンにとっては、またとない作品。
 尚、現在、ポールが1979年にリリースしたアルバム『A Little On The Windy Side』の世界初CD化に向け、準備を進めているので、乞うご期待。


【長門芳郎プロフィール】

70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQほか多数の初来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は700タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。





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