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#008 2006_5月号













(1) オーリアンズ
/ダンシング・イン・ザ・ムーンライト
ドリームズヴィルYDCD-0122
(2ジョン・ホール
/パワー
SONY
<国内盤廃盤>
(3)オーリアンズ
/ORLEANS LIVE
ドリームズヴィル YDCD-0009
(4)オーリアンズ
/スティル・ザ・ワン・ライヴ
ドリームズヴィル YDCD-0092
(5) ジョン・ホール
/スティル・ザ・ワン〜ジョン・ホール・クラシックス
ドリームズヴィルYDCD-0005
(6)ジョン・ホール
/ラヴ・ダズント・アスク
ドリームズヴィル YDCD-0016
(7)ラリー・ホッペン
/ハンドメイド
ドリームズヴィルYDCD-0107
(8) KING HARVEST
/DANCIN' IN THE MOONLIGHT
COLLECTABLES
<輸入盤>


 オーリアンズの久々のスタジオ新作『Dancin' In The Moonlight』が今月末リリースされる。 1996年の『RIDE』以来、10年振りとなる。日本では、オーリアンズという表記が定着してしまっているため、ここでもそれに倣うが、オーリーンズというのが正しい発音。「レット・ゼア・ビー・ミュージック」、「ダンス・ウィズ・ミー」、「スティル・ザ・ワン」などの全米ヒットを放ち、人気を得たのは、70年代半ば。圧倒的なテクニックに裏打ちされたツイン・ギター・サウンド、軽やかなヴォーカル・ハーモニーに私も胸ときめかせたものだ。当時、シュガーベイブやセンチメンタル・シティ・ロマンス、伊藤銀次などにも影響を与え、村田和人、佐橋佳幸、ヒックスヴィル、青山陽一 etc、彼らのファンを公言するミュージシャンは今も後を絶たない。
 今から27年前、ニューヨーク州ウッドストックを訪れた際、ジョン・セバスチャンの紹介で、ジョン・ホールと初めて会うことになったのだが、当時はオーリアンズを脱退していた時期で、サード・ソロ『POWER』をリリースする直前だったこともあり、反原発運動のことなど、音楽以外の話にも及んだのを憶えている。そんな彼、一時期、ソウガティーズの代議員を務めていたこともあり、現在、ニューヨーク州議員に立候補し、選挙運動の真っ最中。1979年リリースの『POWER』は、正義感あふれるシンガーソングライター、ホールのしなやかな感性とギタリスト、ホールのパッションに満ちた演奏が素晴らしいアルバムだ。
 しかし、オーリアンズのファンとしては、やはりジョン・ホール、ラリー・ホッペンのツー・トップによる演奏を観てみたいというのが偽らざる気持ち。そんな夢が叶ったのが、1990年10月。当時、ウッドストック〜シアトル〜東京を拠点にゴールデン・トライアングル・プロダクションなる原盤制作プロダクションを組んでいた私は、パートナーのロビー・デュプリー、ボブ・ジェニカーとオーリアンズのリユニオン・コンサートを企画したのだ。場所は、ウッドストック、ベアズヴィル劇場。ゲストにジョン・セバスチャン、ロビー・デュプリー、アーティ・トラウム、ジョネル・モッサーを迎え、2日間行なわれたコンサートは全米から集まったファンや彼らの友人たちで超満員、演奏もかつてローリング・ストーン誌に「全米NO.1のロックンロール・ダンス・バンド!」と絶賛された彼らならでは、それはそれは見事なものだった。この時の模様は、2枚組のライヴ盤『ORLEANS LIVE』(ヴィレッジ・グリーン盤は廃盤。現在はドリームズヴィル盤発売中)としてリリースされている。以降、パイオニアLDCを経て、ドリームズヴィルからオーリアンズのライヴ(『オーリアンズ・ライヴ』、『スティル・ザ・ワン・ライヴ』)を始め、ジョン・ホール(『スティル・ザ・ワン(RECOVERED)』、『ラヴ・ダズント・アスク』)やラリー・ホッペン(『ハンドメイド』)などのソロ作品がリリースされており、入手可能だ。
 冒頭に書いた新作『ダンシング・イン・ザ・ムーンライト』は、なんと言ってもタイトル曲「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」が目玉。そう、ポップス・ファンには、馴染み深い70年代ポップスのヒット曲だ。1972年秋から翌年春にかけて、キング・ハーヴェストのシングル盤が全米ヒット・チャートを賑わせ、最高13位を記録している。以来、息の長いポップス・スタンダードとして、世界中で愛され、現在まで多くのアーティストによってカヴァーされている。ラモン・ドジャーがプロデュースしたキーン・ブラザーズ(79年)のディスコ・ヴァージョンから、近年ではフジ・ロック・フェスにも出演したUKロックの人気バンド、トップローダーやバハマのバハメンによるカヴァーも記憶に新しいし、昨年、俳優&歌手のジャック・ワグナーも同曲をタイトルにしたニュー・アルバムをリリースしている。そのほか、ライザ・ミネリ、ウェンチン、クラウン・セイヤーズ、ヤング・ジェネレーション、ピーター・ワインストックなど、カヴァーしたアーティストを挙げていけばキリがない。
 では、なぜ、そんなポピュラーなヒット曲をオーリアンズがカヴァーしたのか?実は、この曲を最初にレコーディングし、シングル盤としてリリースしたのは、ラリー・ホッペンやウェルズ・ケリーらが60年代末に在籍していたオーリアンズの前身バンド、バッファロンゴ(BOFFALONGO)だったのだ。曲を書いたシャーマン・ケリーは、ウェルズ・ケリーの実兄で一時期、バッファロンゴのメンバーでもあった人物。残念ながらバッファロンゴのレコードは不発に終わってしまったが、2年後、同曲をレコーディングし、シングル・リリースしたのが、キング・ハーヴェスト。キング・ハーヴェストは、元バッファロンゴの一員だったドク・ロビンソンやロン・アルトバックのバンドでもあり、そのサウンドもオーリアンズそっくりだった。このふたり、後にマイク・ラヴらのセレブレーション結成に参加することになる。
 バッファロンゴから35年、まさかオーリアンズによる「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」を聴けるとは思ってもみなかった。順にリード・ヴォーカルを取るランス・ホッペン〜ジョン・ホール〜ラリー・ホッペン。心くすぐる見事なハーモニー、爽快なギター・ソロとスティールパンの音色....。そのサウンドは、マーサス・ヴィンヤードの初夏を感じさせてくれるようだ。
 久々にオーリアンズの生演奏が観たくなったぞ。乞う、来日!


【長門芳郎プロフィール】

70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQほか多数の初来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は700タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。





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