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JOHN & FRITZ IN WOODSTOCK
Photo by Yoshi Nagato |
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(1) ラヴィン・スプーンフル
/魔法を信じるかい?
BMGジャパン BVCM-37384 |
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(2)ジョン・セバスチャン
/ベスト・オブ・ジョン・セバスチャン
ワーナー・ミュージック・ジャパン WPCR-1850 |
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(3) V.A.
/BRING IT ON HOME
SONY SRCS-7301〈廃盤〉 |
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(4) JOHN SEBASTIAN & THE J-BAND
/CHASIN' GUS' GHOST
BUFFALO RECORDS BUF-131 |
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(5) NRBQ with ジョン・セバスチャン
/LIVE AT WAX MUSEUM
ドリームズヴィル・レコード YDCD-0100) |
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ジョン・セバスチャンがやってくる。1977年の春以来、29年ぶり、3度目の来日だ。最初の来日は、1976年12月、「ウェルカム・バック」を全米NO.1に送り込んだ数カ月後のこと。翌年の春に東京で開催が予定されていた『ローリング・ココナッツ・レヴュー』の事前プロモーション/記者会見のため、出演者を代表しての来日だった。私は、ジョンを迎えに羽田空港へ向かったのだが、首都高速の出口を間違えてしまうほど、舞い上がってしまい、どうやって、彼を都内のホテルまで連れていったのか、全く憶えていない。高校生の頃、夢中になったラヴィン・スプーンフル、そしてジョン・セバスチャンの音楽。その後の音楽嗜好を決定づけ、結果的に人生まで変えてしまったと言ってもいいほど、私にとって、その存在は大きい。
1979年、ウッドストックのジョンの家に初めて泊まった時のこと。居間の大きな棚に整然と並べられたレコード・コレクションを見てびっくりした。ミシシッピ・ジョン・ハート、フレッド・ニール、ティム・ハーディン、エヴァリー・ブラザーズほか、フォーク、カントリー、ブルース、モータウン、ジャズなど、大部分が私のコレクションと同じだったのだ。LPの並べ方の順序まで、そっくり同じなのもうれしかった。そりゃそうだ。スプーンフルの音楽のルーツを辿るようにレコードを聴いてきたわけだから、当然だ。それからもうひとつ、初来日時に手渡した友人、小宮やすゆうのテープ「コーヒー・ブルースをもう一度」がちゃんとレコード棚に並んでいたのもうれしかった。
「コーヒー・ブルース」と言えば、スプーンフル・ファンにはお馴染み、ミシシッピ・ジョン・ハートのレパートリー。この曲に繰り返し出てくる「lovin'
spoonful」という一節から、グループ名が付けられたのは、有名な話。世界一素敵なサウンドを奏でるバンドに世界一イカシタ名前を付けたのは、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのジャグ奏者&ウォッシュタブ・ベース奏者で、ジョンの親友フリッツ・リッチモンド。ジョンが結成したバンドの名前がなかなか決まらずにいた時、どんなバンドか聞いてきたフリッツに「ジョン・ハートとチャック・ベリーを足して、2で割ったカンジ」とジョンが言うと、「じゃあ、ラヴィン・スプーンフルってのはどうだい?」と提案したのがフリッツだった。
1994年にリリースされたオムニバス・アルバム『BRING IT ON HOME』の第1集にジ ョン・セバスチャンの「コーヒー・ブルース」が収録されている。ジョン・ハートの声色を真似、彼のステージでのエピソードを語り、歌うジョン。ジョン・ハートは、いつも舞台上のストゥールにコーヒー・カップを置き、飲みながら演奏するらしいのだが、カップの中身は、コーヒーではなく、スコッチ・ウイスキーだったという。
90年代半ば、ジョンが新たにジャグ・バンド・スタイルのJ-バンドを組む際、声をかけたのが、フリッツだった。ジョン・セバスチャン&ザ・J-バンドのアルバムは、これまでに2枚リリースされており、フリッツの名人芸とも言えるジャグ演奏も聴ける。しかし、残念なことにフリッツは、昨年11月20日に肺癌のため他界。東京やウッドストックで何度か会ったことがあるが、ジャグ・バンド・ミュージックを心底愛する温かいハートの持ち主だった。
今回のジョン・セバスチャンの来日は、ジェフ・マルダーの呼びかけに応えたもので、生前、フリッツがライフワークとして取り組んでいたジャグ・バンドの歴史と現在をテーマにしたドキュメンタリー・フィルムを完成させるため。ほかにジム・クエスキンも同行する。そして、このジャグ・バンド・ドキュメンタリーの制作費を捻出するための ”フリッツ・リッチモンド・トリビュート・コンサート”が行なわれることになった。東京だけで 1回限りの奇跡とも言うべきコンサート。DON'T MISS IT ! |