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#002 2005_11月号
今月9日、青山ブルーノートにスティーヴ・タイレルを聴きに行った。まさか彼が来日するなんて、思ってもみなかったので、ブルーノート出演を知った時は驚いたものだ。東京初日のファースト・ステージ、店に入ると、ほぼ満席の賑わい。これにもビックリ。客層は、夫婦連れ、恋人同士と思しきカップル、外人客 etc、かなり年齢層は高いように思えるのだが、20代の女性グループのテーブルもいくつか。ライヴ会場に行くと、必ず見かける音楽関係者はいないようだ。一時間半ほどのステージは、トークも粋で、まるで、シナトラかディーン・マーティン・ショーでも観ているようなリラックスした雰囲気。初来日の彼だが、娘のローリンを連れての父娘の旅だと言って、ステージからも後方客席の娘に何度も投げキッス。満員の客に上機嫌だ。ビリー・ヴェラとドクター・ジョンをミックスしたような極渋の歌声、小粋にスインギーな歌唱。「今宵の君は」、「ロマンティックじゃない?」、「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」、「ディス・ガイ」、「イット・ハド・トゥ・ビー・ユー」、「月光のいたずら」、「浮気はやめた」、「ジョージア・オン・マイ・マインド」ほかお馴染みのスタンダード・ナンバーのオン・パレード。想像だが、客の半数以上は、タイレルが何者なのか知らないのでは?でも曲が有名なスタンダードが多いため、十分にショーを楽しんでいるように感じられた。7人編成のバック・バンドもよくスイングする。トランペットを吹いてるのは、元ブラッド・スエット&ティアーズのルー・ソロフ。そう言えば、タイレルは、BS&Tをプロデュースしたこともあった。
終演後、楽屋にタイレルを訪ね、暫し、再会を喜びあった。最後に彼と会ったのは、ハリウッドにある彼のオフィス。もう5年前のことになる。バリー・マンの『レイ・イット・オール・アウト』(1)のプロデューサーで、原盤権保有者だったタイレルに日本でのCD化の交渉をするために会いに行ったのだ。『レイ・イット・オール・アウト』は、1971年にリリースされたセカンド・アルバムで、演奏には、キャロル・キング、ジョー・ママ、マーク・ジェイムズらが参加、「ふられた気持ち」、「オン・ブロードウェイ」のセルフ・カヴァーを含む味わい深いヴォーカル名盤。この再発にあたっては、十数年の間、各方面にアプローチしていたが、なかなか進展せず、半ば諦めかけていた時、ヴァレりー・カーターの紹介で、スティーヴ・タイレルとコンタクトを取ることができ、ようやく実現に漕ぎ着けることができたのだった。タイレルが制作に関わったアルバムと言うと、『レイ・イット・オール・アウト』同様、素晴らしいのが、B.J.トーマスの『ビリー・ジョー・トーマス』(1972年)と『ソングス』(2)(1973年)、マーク・ジェイムズの『マーク・ジェイムズ』(1974年)がある。B.J.トーマスの『ソングス』は、バリー・マン&シンシア・ワイル、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン、マーク・ジェイムズといったソングライター陣による 楽曲がどれをとっても素晴らしい。大部分がトーマス用に書き下ろされたもので、粒選りの楽曲と的を射たアレンジ/演奏をバックに、トーマスの歌唱も一段と冴えわたる。南部R&Bの泥臭くも、甘く、のどかな風情と、カントリー/ゴスペル・フレイヴァー薫るブルーアイド・ソウルなヴォーカルが心を捕らて放さない名盤だ。
60年代後半から、プロデューサーとして、敏腕を奮ってきたスティーヴ・タイレル。ロッド・ステュワートの『グレート・アメリカン・ソングブック』シリーズも実は彼のプロデュース。同シリーズのお手本となったのが、タイレルが1999年にリリースしたファースト・アルバム『A New Standard』(3)。同アルバム以降、クリスマス・アルバムを含め、4枚のジャズ・スタンダード・アルバムをリリースしているが、いずれもお薦めしたい秀作。個人的には、「スマイル」や出世作「今宵の君は」が聴けるファーストを聴く回数がやはり多くなってしまう。タイレルによれば、待望の新作は、彼のアイドルのひとり、フランク・シナトラのレパートリーばかりを歌った『QUITE FRANK』。全米リリースは、11月8日。
タイレルとは、関係ないが、今月19日に紙ジャケットで全5枚のアルバムが出揃うハーパース・ビザールもスタンダード・ナンバーをポップにアレンジすることでは、定評あるところ。一番人気は、1968年にリリースされた3作目『シークレット・ライフ』(4)だろうか。「センチメンタル・ジャーニー」、「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」などのスタンダード・カヴァーのほか、ロジャー・ニコルス&スモール・サークル・オブ・フレンズの「ドリフター」、バカラック作「ミー・ジャパニーズ・ボーイ」のカヴァーを含むバーバンク・ポップ・パノラマの世界が眩しい。今回、オリジナル・アートワークでのCD化は世界初となる『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』(5)は、1976年にリリースされたリユニオン・アルバム。テッド・テンプルマン抜きのオリジナル・メンバー4人による再結成作だが、そのサウンドは、ワーナー時代の延長線上で、レパートリーもお得意の30年代〜40年代のミュージカル・ナンバー、クラシック、ポール・マッカートニー、モータウン、カントリーまで、選曲センスの良さは相変わらず。タイトル曲のほか、お洒落なCTIサウンド風アレンジの「スピーク・ロウ」など、一聴の価値あり。
(1)バリー・マン
/レイ・イット・オール・アウト
ドリームズヴィル YDCD-0036
2000年8月発売
(2)B.J.トーマス
/ソングス
ユニバーサル UICY-3301
2001年6月発売
(3)STEVE TYRELL
/A NEW STANDARD
ATLANTIC 83209-2
1999年発売 輸入盤
(4)ハーパース・ビザール/シークレット・ライフ・オブ・ハーパース・ビザール
MUZAK 1079
2005年10月19日発売
紙ジャケット限定盤
(5)ハーパース・ビザール/アズ・タイム・ゴーズ・バイ
MUZAK 1076
2005年10月19日発売
紙ジャケット限定盤
【長門芳郎プロフィール】
70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQほか多数の初来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は700タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。
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